糸川昌成 特殊なビタミンによる統合失調症の治療薬

Lineグループの方から放送大学であった資料を教えてもらった。

糸川昌成医師の「特殊なビタミンによる統合失調症の治療薬」の記事。

 統合失調症の遺伝子研究で世界的成果をあげた糸川昌成氏は、伯母の家で育てられた幼少期、自身の母親が病気で亡くなったと聞かされたことで「母のような病気の大を助けたい」と思い医師になることを決意。

埼玉医科大学医学部6年生の時、精神科病棟で統合失調症の患者さんを目の当たりにした衝撃から統合失調症の原因を解明し、治療薬を発明すると心に誓い精神科医の道を選ぶ。

1989年同大学医学部卒業後、東京医科歯科大学の精神科に入局。同大学の教授で、統合失調症研究の権威であった融道男氏の勧めで「統合失調症とドーパミン遺伝子の変異」の研究を開始した。

糸川氏が変異したドーパミン遺伝子を発見したのは1993年、カナダの有名な学者による、ドーパミン遺伝子には変異が見つからないという報告を知り、自身の研究を諦めようとした直後であった。

「最後にもう一度」と挑戦した実験で確認できたドーパミン遺伝子の変異は、大発見として世界で初めて認定を受けた。

その後も研究の成果を上げ、2010年に一般の統合失調症患者の約4割に遺伝子変異による特殊な代謝障害があることを突き止めた。

また、2011年にはこの代謝障害が特殊なビタミンで改善されることを発表。この特殊なビタミンによる統合失調症の治療薬を、2020年頃の承認を目指して準備中である。

従来の統合失調症の治療薬は副作用が強く使いにくいものだが、この研究が成功し安全なビタミンを治療薬として用いることが出来れば、画期的な治療が可能となる。

糸川氏の研究の特徴は基礎研究のかたわら、臨床を離れないことにある。

「研究で脳を解明する。臨床を続け、患者さんの物語を理解する。二つを両立し、初めて統合失調症は治る」と言い、従来製薬会社主導で行われていた治験を、医師主導で実施し、特殊なビタミンが統合失調症の新薬としての有効性を確認するに至った。

これは、医師主導による未承認薬の精神科治験で日本初の試みであった。

このような大きな成果を残してきた糸川氏の研究と臨床の両立を支えてきたのは、白身の母親の存在が大きい。

幼い頃に亡くなったと聞かされていた母親は、実は統合失調症のため入院しており、息子と会うことが許されなかったのだ。

大学入学時に自身の戸籍を見たことで、母親の生存を知ったが、結局母子の再会を果たせないまま、母親が他界。「会うことができなかった」という自責の念は糸川氏の心の中に残り、研
究に没頭させただけでなく、それまでの精神科医療に疑問を投げかけ、当事者や家族の視点に立った治療の大切さを訴える活動を始めるきっかけとなった。

精力的な講演会をはじめとする支援など、その研究や臨床だけにとどまらない糸川氏の活動は、さらなる日本の精神医学会への貢献が期待されている。

ナイアシンなどの栄養療法は日本の医学会ではほとんど無視されていて、医師もほとんど勉強していない現状だそうだ。

お薬グループでも、ナイアシンはしばしば話題に出ていて、確実な効果を感じている人もいるし、自分自身も藤川徳美医師の推奨する量(3g)を飲むようになって次第に調子は上向いている。

糸川昌成

1961年東京都生まれ。1989年埼玉医科大学医学部卒業。分子学者としての研究と同時に精神科医として診療を行いながら、統合失調症患者・家族会で講演会を開くなど、支援活動も行っている。

筑波大学人類遺伝学教室、東京医科歯科大学精神神経科、東京大学脳研究施設生化学部門、米国立衛生研究所、東京都精神医学総合研究所などを経て、現在は東京都医学総合研究所病院等連携研究センターのセンター長を務めている。

著書

「臨床家がなぜ研究をするのか一精神科医が20年の研究の足跡を振り返るときー」(星和書店)
「科学者が脳と心をつなぐとき一父と母と私が織りなす50年の物語」(認定NPO法人地域精神保健福祉機構)