統合失調症と人と関わりたくない気分

統合失調症という才能はあまりにも繊細過ぎて、鈍感な社会では暮らしにくいことがあり、僕がそうであったように人との関わりが苦手な人も多いかもしれない。

絶対的な安心感を感じられないから

統合失調症の症状の1つに子ども返りがあると知った。

漠然とした不安から、子どもの頃のように愛されたいと無意識に感じているのだろう。

どんな自分であっても愛されるという確信を持ちたいというか。

統合失調症の内的世界は、どんなに説明をしても経験をした者にしか共感出来ない。

その共感出来ない距離感を不安に感じ、それが「人と関わる恐怖」に繋がっていたのだと分かった。

漠然とした病的な不安

それは、漠然とした病的不安を感じているからかもしれない。

不安感がなくなると、人との関わりが楽になって、「何であんなに怖がってたんだろう」とビクビクしていた小動物のような自分を振り返っておかしくなってしまう(笑)

今ここにあると言うだけで愛されている証拠

今、ここにこうして僕らがある。

その奇跡を考えると、どれだけ僕らが無条件に愛されているのかが分かる。

普通の人に共感されることは無理だから

統合失調症の陽性症状も陰性症状も、100万言を持って説明したとしても、それを経験したことのない人には絶対に共感出来ないと言える。

オフ会を開催して同じ統合失調症という「才能」を持っている人たちと会話すると、やはり一般の人と関わるときには、心に壁を作るというか、これ以上は踏み込ませない領域を持ってしまう。

人間の底知れない悪意を感じていたから

人は誰でも心の奥に信じられないような悪意を隠していると心の深い部分で信じていた。

それが被害妄想だと気付くと回復は早い

無意識とはいえ、人間の悪意に目を向けていたから、ありとあらゆる場面で、人の悪意を怖れ、出来れば人と関わりたくないという気分になってしまっていたのだろう。

そして、「類は友を呼ぶ」の格言のごとく、もしかしたらそういう人たちと関わりをもってしまったのかもしれない。

被害妄想は、それが真実ではなく「被害妄想だ」と気が付くと急速に心が自由になり安定する。

被害妄想が酷いときは、それを真実と信じてしまうからなかなか客観的に観ることは難しいが、目の前にある課題を1つ1つ解決していくと、やがてそれが被害妄想だと気付くときがやってくる。

コミュニケーションが苦手な人にオススメの本

渡辺淳一「鈍感力」

感性が鋭いとかシャープであることが才能であると思っていたが、しかしそれ以上に些細なことで揺るがない鈍さこそ生きていく上で大切なことで、ある意味での才能だ。

千原せいじ「がさつ力」

コミュニケーションに関する書籍で一番参考になったのは、「千原せいじ」の「がさつ力」だ。

芸人で、そこそこ売れている千原せいじさんだから、空気を読む力はハンパない。

統合失調症の繊細さとも通じるその繊細な能力を保ちつつ、どのようにコミュニケーションを取るかというのが参考になった。

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